特別展アーカイブ

そんなに昔のことではありません。
かつては日本でも自分や自分の家族の衣類を、一家の女性たちが自ら作ることは日常でした。
雪国・青森では綿花の栽培ができないため、女性達は麻を植え、繊維をとって糸にして、布を織りました。冬の寒さは過酷で、着ることは食べること以上の死活問題。小さな布の切れ端や糸屑さえも大事な財産でした。
一着の着物を何世代に渡って着ることなどは当たり前で、綻びにはツギを当て、過酷な寒さから身を守るために粗い麻布をどんどん重ね合わせ、刺し子を施して補強し、それでも使えなくなった着物は細く裂いて、それで再び新しい布を織ったのです。

BOROはいま、世界のアートシーンで通用する言葉になりつつあるといいます。
BOROは「ぼろ」です。文字通り、着古してボロボロになった着物や布のことですが、
青森のぼろほど見事なぼろはありません。
大切な布を少しでも長持
ちさせるためにかけられた膨大な手間と時間。
かけがえのない家族のために培われた手仕事の技術と美的感覚。
それは図らずも複雑なパッチワークを成し、経年の趣をまとい、
消費文明の対極の圧倒的な布文化を生み出しました。


民俗学者・田中忠三郎が、半世紀に渡って青森の山農村を巡り歩き、蒐集を続けたぼろ布たち。
それらは言葉を持ちません。しかし私たちは感じます。
針目の一つ一つに、大切に繕われた布の温もりに、垣間見えるお洒落心に、どんなに貧しく過酷な境遇にあっても、優しさを抱き、人を愛し、豊かに生きた人々の心を。
物を作り、慈しみ、
使い切る充足感と、困難に負けない真の力強さを。

粗末なぼろ布にあらわれた、思いがけない美の世界が、
現代を生きる我々に根源の問いを突き付けているようです。





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